チラシの裏の覚書。

個人的なナレッジノートです.φ(..)

"カルト的というのは、こうした特徴をいわゆる組織宗教に限らず認めることができるからだ。1995年、オウム真理教事件が世を騒がせていた頃、問題になったのは「なぜ、理系エリートたちが教団のマインドコントロール..."

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カルト的というのは、こうした特徴をいわゆる組織宗教に限らず認めることができるからだ。1995年、オウム真理教事件が世を騒がせていた頃、問題になったのは「なぜ、理系エリートたちが教団のマインドコントロールにハマったのか」ということだった。だが、僕は全然別のことを考えていた。
まさに教団施設に捜査が入ろうとしていた頃、ある週刊誌のグラビア記事を見て腰を抜かした覚えがある。そこでは現在も世界的に有名な某メーカーの、新入社員研修の模様が紹介されていた。富士の樹海を歩き、滝に打たれて修行するというメニューを課すその研修を経た新人の声として、「学生気分が抜けて気持ちがあらたまった」とかなんとか、そんなことが書かれていた。これだけ洗脳だ異常な集団だ、と騒いでいる同じ雑誌で、そんな記事が何のアイロニーもなく掲載されたのだとしたら、この国はどっかおかしい、とも思った。
要するに、労働環境において、ある種のカルト性に基づいた組織運営が行われることは、この社会では珍しいことではないし、カルトというものを宗教教団にしか認められない特徴だと考える限り、宗教の研究としてはともかく社会の研究としては無意味だ。まさにカルトのように、被指導者への抑圧が理不尽であればあるほど、それを乗り越えたものに「真のメンバーシップを認める」という形態は、学校にも会社にもあふれている。そこで繰り返されるのは、「信じているならできるはず!」という、忠誠心の強制なのだ。


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