チラシの裏の覚書。

個人的なナレッジノートです.φ(..)

"例えば、 立食パーティに出席していた夫婦の、 妻が、 見知らぬ男にぶつかられ、 赤ワインが大量にこぼれて洋服がだいなしになった、 というとき、 妻が夫に、 「あなた、あの男よ!  行って、注意して..."

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例えば、
立食パーティに出席していた夫婦の、

妻が、
見知らぬ男にぶつかられ、
赤ワインが大量にこぼれて洋服がだいなしになった、
というとき、

妻が夫に、

「あなた、あの男よ!
 行って、注意してよ!
 あやまりもせず、気づきもせず、
 ひどいじゃないの」と言う。

それにたいして夫は、

「駅前のデパート、
 たしか8時まであいてたよな‥‥」

こんなとき、妻が、

「話をすりかえないでよ!
 あなた、恐いんでしょう、
 あの男に注意するのが」

と夫に言いがちだ。
でもこの場合、

妻の論点が、
「だれが洋服を汚したか?
 その人をどうするか?」
であるのに対して、

夫の論点は、
「汚れた洋服の着替えをどう調達するか?」だ。

おなじ事実に遭遇しても、
自分と相手の関心ある問いはズレている。

なまの体験には、
無数の切り口があり、
疑問におもうところも無数。

いちばん関心ある「問い」が、
自分と相手とでピタッと一致することの方が、
奇跡に近い。

そして、人は、
いま自分が悩んだり苦しんだりしている
切実な「問い」がいちばんで、
その問いに同じ切実さで寄り添ってくれない相手に
不快を感じる。

洋服を汚された妻には、
夫が、話をそらし、男に注意することから
逃げているように見える。

しかし、客観的に妻の姿が見えている夫には、
血のような真っ赤にそまった服のままで、
まわりからヘンな目で見られている妻が
気の毒でしかたがない。
他はあとまわしでも、とにかく
「妻の着替えをどうするか?」が最優先だ。
駅前のデパートの閉店時間がこないうちに‥‥と、

夫は夫で、別の問いで、
妻のことを大切に考えている。



- おとなの小論文教室。 (via drhaniwa)
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