チラシの裏の覚書。

個人的なナレッジノートです.φ(..)

"たとえば絵が好きな人で「自分はやはり印象派の絵が一番好きだ」という人がいたならば、その人がそこに至るには美術書を見たり、美術館に足を運んだり、その画家に関する本を読んだり、様々なプロセスを経て「印象派、..."

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たとえば絵が好きな人で「自分はやはり印象派の絵が一番好きだ」という人がいたならば、その人がそこに至るには美術書を見たり、美術館に足を運んだり、その画家に関する本を読んだり、様々なプロセスを経て「印象派、そしてやっぱりモネが好き」という自覚に辿り着くのだと思う。しかしTumblrではそのプロセスがものすごいスピードで行われる。「猫の写真と印象派を比べるな」いや、もちろんその深みは違う。実際に美術館へ足を運び見る絵とディスプレイ上で次々と見る画像。その体験は比較にならないと思う。しかしそんなプチ覚醒感が次々と起こるのだ。単に沢山の写真や絵画を見たというだけではこの感覚に辿り着くには時間がかかるだろう。

あること(ものでもいい)に興味を持つ。同じベクトルの人を何人かフォローしてみる。同じベクトルと言っても自分と全く同じ感覚の人はそうそういない。一定の幅の中で微妙に違った感覚のものがダッシュボードに流れてくる。その微妙な違いが逆に自分のフォーカスを調整して鮮明なものにしてくれる。そんな感覚だ。やはりポイントは「reblogする」というアクションにある。「これをreblogした」という実際のアクションと感覚がプチ覚醒感をたぐり寄せていく。そしてそのプチ覚醒感の積み重なりが何か大きな覚醒につながる予感が僕にはするのだ。



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自転車で遠くへ行きたい。

自分はTumblrを審美眼養成ギプスだと思うことにしている。

(via pdl2h) 2010-02-17

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