チラシの裏の覚書。

個人的なナレッジノートです.φ(..)

"今は、手入れのしやすい化繊のプレタポルテも色柄豊富に出ている。質が向上して一瞬絹と見紛うようなポリエステルのきものは家で洗濯できるので、汗をかく夏用や雨天用として買う人は多いという。カジュアルな木綿のき..."

f:id:Saitoh:20150723071814p:plain

今は、手入れのしやすい化繊のプレタポルテも色柄豊富に出ている。質が向上して一瞬絹と見紛うようなポリエステルのきものは家で洗濯できるので、汗をかく夏用や雨天用として買う人は多いという。カジュアルな木綿のきものも若い人の間で人気らしい。私もポリや木綿を持っている。

しかし、絹のきものの着心地の良さ、美しさはやはり格別だ。昔のきものは織りがしっかりしていて、色も新しいきものにはない深みがあるという意見を、きもの愛好者から時々聞く。きものでも何でも、贅沢なものの味を少しでも知ってしまうと、あとに戻るのは難しい。

どこまでいっても「貴族の文化」の産物である、伝統技術を駆使して作られる高級きもの。それは、桐箪笥の並ぶ広い座敷と、季節ごとにきものの維持管理を手伝う女中と、出入りの呉服屋を持つ暮らしが余裕でできる人々のものだった。職人の技術ときものビジネスが廃れないよう買い支えていたのは、そういう金持ちたちだ。美しいものには、何であれ金がかかる。そして、文化が失われるのにはそれなりの必然性がある。

だから極端な話、伝統的な「着物を存続させ」「真っ当なビジネス」として成立させようとしたら、じゃんじゃん金の使える富裕層を増やすか、庶民の生活を著しくアップさせるしかないという話になる。それだって、同じ金額を払うなら洋服買った方がいいという人が多いだろう。伝統とビジネスの両立とは、単価の高い特殊技術の手間暇仕事とリーズナブルな商品生産の両立であり、どんな分野でも難題だ。

まあなんとなくの予想として、2020年のオリンピック開催を睨みながら、国内外に向けてますます「日本の伝統」の見直し、強調があちこちでなされるだろうし、このところの「和もの」人気もあるから、きもの関係の業界もそっち方面で細かく儲けていこうという算段ではないだろうか。



- きものを「貴族の文化」にしたのは何か - Ohnoblog 2 (via clione)
from Tumblr http://ift.tt/1MlxmlH
via IFTTT