チラシの裏の覚書。

個人的なナレッジノートです.φ(..)

"本日ここに卒業式を迎えられた学部卒業生411名、ならびに大学院修了生56名の皆さん、おめでとうございます。学位を授与されたみなさんに、心からお祝い申し上げます。また、卒業生を長い間支えてこられたご家族、..."

“本日ここに卒業式を迎えられた学部卒業生411名、ならびに大学院修了生56名の皆さん、おめでとうございます。学位を授与されたみなさんに、心からお祝い申し上げます。また、卒業生を長い間支えてこられたご家族、保護者ご関係の皆様にも、心よりお慶びを申し上げるとともに、これまでのご支援に深く感謝申し上げます。
私は、本日こうして無事学位授与式を挙行できる喜びを、ある感慨とともにかみしめています。昨年は、3月11日に発生した東日本大震災の影響によって、卒業式を中止する決断をせざるを得ませんでした。
本日ここには列席しておりませんが、1年前卒業式を迎えるはずであった2010年度の卒業生にも、この場をお借りして、改めてお祝いの言葉を贈りたいと思います。卒業おめでとうございます。
 
これからみなさんはそれぞれの道を歩むことになりますが、今日は私の忘れることの出来ない失敗についてお話ししたいと思います。
みなさんがまだ幼い頃、私はフリーのテレビドキュメンタリーのディレクターをしていました。まだ駆け出しのディレクターでしたが、あるテレビ局の依頼で小説家坂口安吾の世界を映像化するという番組を演出することになりました。坂口安吾は「堕落論」や「日本文化私観」などを書いた作家で、私は彼の世界が好きでしたし、その仕事に意欲を燃やしていました。
1995年の年が明けて間もない頃でした。ある朝何気なくテレビをつけると、燃え上がる都市の映像が目に飛び込んできたのです。阪神・淡路大震災でした。ビルや高速道路が倒壊し、見る影もなく焼けただれた風景の映像は、まるで歴史の彼方にあって、何のリアリティもなかった戦後の焼け跡の風景が突如現在に甦ったかのようでした。
坂口安吾の作品世界は、まさにこの戦後の焼け野原の中で、人間として生きるということを紡ぎ出そうとするところから生み出された思想です。私は、変わり果てた都市の映像を見ながら、次第に被災地の風景を撮影したいと思うようになりました。現在の日本の被災地の映像があれば、安吾の世界をよりアクチュアルに表現できるのではないかと考えたのでした。恐る恐るプロデューサーに話すと、「行ってこい」という返事でした。良い番組が出来るのならそれで良いと判断したのです。みなさんはこれをどう思いますか?
私は帰宅して支度を始め、番組のために神戸に行こうと思うと妻に告げました。その瞬間妻の表情は強ばり、「あなたは何を考えているの」と厳しい口調で言いました。「あなたの番組は、一時の楽しみのために作られるものでしかない、ということが分かっているの? 救援や救護が必要な今、あなたが番組作りのために被災地に行って、いったい何の役に立つのか?」と。
みなさんもそう思うはずです。私はその言葉で目が覚めました。
私の中で、一体何が起きていたのでしょう?
その時の私が自分の間違いに気づかず、そのまま撮影に行ったとしたらどうだったのでしょう?その時の私が教壇に立って、みなさんに被災地の映像を誇らしげに見せたとしたら、みなさんはそんな愚かなテレビディレクターを軽蔑したでしょう。なぜなら大学の教室において、仕事の論理は通用しない。大学ではみな自分の名において、人としてそこにいるからです。私は自分の与えられた仕事に必死でしたが、知らないうちに、ひとりの人間としての「私」を忘れ、テレビディレクターとして、ある放送局の、日本のメディアの大きなシステムの中に知らないうちに組み込まれていたのだと言えると思います。そのシステムの中にいなかった、私の妻にとって、私の判断が間違っていることは明白でした。
仕事にはそのような側面があります。それは必ずしも悪い事ではなく、必要なことでもあります。例えば医師が人の体にメスを入れる時、患者がどのような人で、自分がその人にどのような感情を持つか、人間として当然抱く感情を停止させなければ医師の仕事を貫徹することはできません。私たちは人の体を切ることは怖くてできませんが、医者は訓練によって人間の感情を停止することができるようになる。それがプロフェッショナルです。
昨年も多くのカメラマンが被災地に群がったはずです。そのこと自体を批判する訳ではありませんが、プロとして仕事に徹しようとしたカメラマンが、被災した人々にカメラを向ければ、罵声を浴びせられたに違いありません。そこには人間として当然はたらくはずの感情が、仕事という名の下に停止しているからです。「かわいそうだから撮れない」と言ってしまえば、プロとしては失格のように思える。しかし、その罵声を聞いて、彼は初めて「なぜ私はこの人にカメラを向けるのか」と、人間として自問することになる。
ディレクターとして、被災地へ向かおうとした時の私は、人間としての私、つまり何の肩書きもなくひとりの人として判断することを停止したままだったのです。そして世の中には実際そのまま「我に帰る」ことができなくなるプロもいるのです。しかし、停止した人間としての私を、忘れてしまってはならない。当然ですが、人間としての私を優先させなければならない時があるのです。
 
みなさんが入学した2008年の入学式のことを覚えていますか?
学長に就任した最初の年でした。私は初めてこの場所から新入生であったみなさんに、こんなふうに話しかけました。
 
「今このキャンパスに立つと、静かで平和な風景が見えますが、大学の外では、世界的な規模の経済活動がめまぐるしい速さで動いています。その嵐のような流れの中では、我々はすぐに眼に見える成果を出すことが求められ、次から次へと新しい命令に追いかけられます。学生の存在は、そのような要請から自由であるといえます。だから、本当の意味で人間と 世界の関係を考え、表現し、人間の体験や視点を変えるような創造の射程を持っているのです。学生は、社会へ出るための単なる準備段階ではありません。我々 の営みは未来の価値を創造する可能性に開かれている。むしろ社会をリードする可能性を持っている。私はそう思います」
 
どうでしょう?私は今もそう思っていますが、今、みなさんにはどのような風景が見えているでしょうか?
みなさんは大学を出ると、さまざまなシステムの中に組み入れられることを避けられません。社会に出ると先輩から「君が大学で学んだことなど、現場では何の役にも立たないよ」と言われるかもしれません。大学での自由な探求はすぐに役に立つものではないかもしれない。企業には企業活動の達成すべき目的があり、ひとつひとつの仕事にはそのシステムの中で果たすべき役割が割り当てられる。企業や団体には属さないで、作家として活動を継続する人も、グローバルな経済システムと無関係でいることはできません。私たちはあらゆるシステムの網の目の中にいます。ですから、どのようなシステムの中にいても、単にそのシステムを批判するだけではなく、自分の果たすべき仕事に精一杯打ち込んでください。時には、この私が人間として当然感じることを停止して、仕事を果たさなければならないこともあるでしょう。しかし、繰り返しますが、停止した人間としての感性を殺してはならない。それはいつでも再起動させることができなくてはなりません。
 
あなたたちは授業でたくさんの課題を制作してきました。「作品を作る」とは、あなたの名の下に行われる自由で、人間的な仕事です。もちろん全くの自由などありません。私たちは歴史や、他者やさまざまなものに規定されていますが、それでも、創造行為には、あなた自身を丸ごとさらけ出し、それが自分自身の手で作り出したものであることを他人に向かって差し出し、評価をくだされることから、逃げることも隠れることもできない、というような面があります。作品にはあなたと同じように、さまざまな破れ目があり、決して完璧で無敵なものではありません。そしてそれがどのように受け取られるか分からない他者に向かって、闇雲な跳躍、賭け、のようなものがなされるのです。それが創造行為です。考えてみれば恐ろしいことです。普通の人間ならば、誰も自分自身を裁かれたくはありませんが、あなたたちは4年間そのことに身を投じました。あなたはディレクターでも、デザイナーでも、まだ作家でもなかった。何かの名の下に、守られながら作った訳ではなく、あなた自身の名前において、ひとりの人間として取り組んだのです。誰かのため、あるシステムのある目的のためになされたのではありません。
 
そして、昨年の3月11日にわれわれが体験した危機において、私たちはその瞬間にみな剥き出しのひとりの人として、どのように行動するかを突きつけられたのでした。ボランティアに行った学生もいます。行かなかった人もいます。小さなことでも、何かをした人もいるし、自分のことで精一杯であった人もいます。行動はさまざまですが、それでよいと思います。それぞれが、みなひとりの人間としてそうしたのです。ある瞬間、私たちはみなひとりの「この私」であった。私たちはそのことを共有した。そのことを忘れないようにしましょう。
そして、どのようなシステムの中に組み込まれていても、私たちはシステムのために働くのではなく、人間のために働くのであるということを忘れないようにしましょう。デザインやアートは、人間のための仕事です。
 
昨年はおめでとうという言葉を発することなどはばかられる状況でしたが、私は今日みなさん一人一人の顔を見て、やはり祝福したい気持ちで一杯です。もちろんすでに喪が明けたと言いたいわけではありません。日本は深く傷つきました。あなたたちが出てゆく社会は薔薇色ではありません。しかし、それは震災のせいだけではありません。震災が起きる以前から、あらゆる旧来のシステムは限界を露呈させ、経済も予測不可能な危機に直面していました。もはや、これまでのシステムでは対応できない時代が始まっていたのです。これから社会に出てゆくみなさんは、人間を中心とした新しい社会を作り出す最初の世代になるでしょう。
もしも迷うことがあったなら、大学での日々を思い返し、自分自身の人間としての声に耳を傾けてください。あるいはあなたの事をよく理解する友の声に耳を澄ませてください。東京造形大学で学んだ4年間の探究が、これからみなさんひとりひとりのささやかな、人間としての営みによって継続され、システムからはこぼれ落ちてしまう、か弱い人々と人間的な感情とともにあることを願って、本日の祝福の言葉といたします。”

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諏訪敦彦

2012年3月23日

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