チラシの裏の覚書。

個人的なナレッジノートです.φ(..)

"イギリスの新聞『ガーディアン』紙には、「日本の教育は詰め込み式だから、基礎学力はついたとしても、批判的思考力は身につかないはず」という趣旨の記事が出ていました。 (「なぜ日本人の子どもは、算数や読み書き..."

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イギリスの新聞『ガーディアン』紙には、「日本の教育は詰め込み式だから、基礎学力はついたとしても、批判的思考力は身につかないはず」という趣旨の記事が出ていました。

(「なぜ日本人の子どもは、算数や読み書きで世界一なのか」『ガーディアン』紙、2013年10月8日)
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(上記の英文記事の紹介が次にあります。「詰め込み受験勉強のおかげ? 日本の成人「学力」世界一の理由を海外メディアが分析」『ニュースフィア』2013年10月12日」)
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『ガーディアン』紙の記事で強調されているのは、日本の子どもが覚えなければならない漢字の多さです。

小学校卒業までに1006字、中学卒業までに1130字、高校卒業までに2000字程度を覚えなければならない、それぐらい覚えないと社会人としてやっていけないと紹介しています。そして、そんなに多くの漢字を覚えるために、日本の子どもは、詰め込み教育を強いられ、批判的思考力を養う機会が奪われている。日本人の子どもは哀れだ!というような口調で書かれています。

欧米人のアジア観って、いつまでたってもあまり進歩がないですね…。

欧米人にとっては、漢字は、とても難しくみえるようです。戦後、GHQも一時期、「専制的で前近代的な」日本社会の「民主化」を進めるために、漢字を廃止し、ローマ字表記に切り替えようと考えたようですし。

ですが、日本人からしてみると、漢字を覚えるのが特に大変!ということはあまりないと思います。掛け算の九九や、歴史の年号や、英単語とあまり変わらん、という感じでしょうか。

言語社会学者の鈴木孝夫氏は、逆に、日本語の表記システムに漢字があることが、一般庶民と知識層との間に諸外国のような際立った格差ができない一因だと述べています。特に、日本の漢字には、中国や朝鮮半島などとも異なり、「音読み」と「訓読み」があることが、知的格差を作らないという点で大きいと論じています。

鈴木氏によれば、たとえば英語だと、知識層が使うような専門的語彙は、一般庶民には初見ではまったく意味がわからず、とっつくにくい語がほとんどだというのです。

鈴木氏は次のような例をあげています。

hydrocephalus (水頭症)
pyroclastic (火砕流)
socialytic (lamp) (無影灯)(手術室で用いる影になる部分を作らない証明器具)
pithecanthrope (猿人)
heliotropism (向日性)
anthropophagy (食人)

これらの英単語は、専門的な語彙であり、英語を母語とする人々でも、よほどのインテリというか専門家でなければわからないそうです。

たとえば、鈴木氏は、イェール大学に客員教授として赴任していた時、あるセミナーの席で、イェール大学の人文社会系の大学教員や大学院生を前にして、”pitecanthrope”という単語を黒板に大書きして、意味がわかるか尋ねたそうです。そうしたら、まったく、この単語の意味がわかる人はいなかったということです(鈴木孝夫『日本語と外国語』岩波新書、138-139頁)。

日本だと、たとえ専門外の人の集まりでも、「猿人」と書けば、だいたいの人はその意味がわかります。

英語の高級語彙(専門的語彙)は、ラテン語やギリシャ語に由来するものが大部分です。鈴木氏によれば、ラテン語やギリシャ語に精通した人であれば、初見でも、こうした高級語彙の意味がおおよそ推測できるとのことです。

たとえば、hydrocephalus(水頭症)でしたら、hydroは水、cephal-は頭にあたるギリシャ語由来の綴りです。同様に、二番目のpyroclastic パイロクラスティック(火砕流)でしたら、パイロの部分が「火」で、クラソは「砕く」という意味のギリシャ語出自の綴りです。

ギリシャ語をしっかりやったことのある人なら、ある程度、「水頭症」や「火砕流」という意味を推測できるそうです。

ですが、ギリシャ語やラテン語に通じている人は欧米でも現代ではごく少数のインテリに限られますので、英語を母語とする人でも専門家でない限り、上記のような単語の意味を語源から推測することはほとんどできず、初見では理解できないということです。
つまり、hydro=water(水)とか、cephal-=head(頭)とか、pyro=fire(火)などと、一般の人は、結び付け難いのですね。
ですので、いきなりhydrocephalusとか、pyroclasticという語がでてくると、専門家以外は、ちんぷんかんぷんということになるというわけです。また、一度くらい意味を聞いただけでは覚えるのが難しいんですね。

日本語でも、音だけで「suitosho」、「kasairyu」と言われると、なかなか何のことか想像もつきません。

日本語の高級語彙の多くは、中国語由来の言葉である漢字の組み合わせで作られています。高級語彙が外国由来の言葉の組み合わせで作られるという点では、日本語も英語も、あまり変わりません。

ですが、鈴木氏によると、日本語の場合は、漢字には「音読み」だけでなく「訓読み」もあることが、本来は外国由来のなじみのない言葉をわかりやすくするのに一役買っているのです。

たとえば、「水」という漢字には、「スイ」という音読みだけでなく、子どもでも日常生活で使う、なじみやすい大和言葉である「みず」という訓読みが付きます。あるいは、「砕」という漢字には、「サイ」という音読みだけではなく、「くだく」という訓読みがあります。

つまり、鈴木氏によると、日本語の場合は、「スイ=水=みず」、「サイ=砕=くだく」という具合に、高級語彙を形成する漢字の音という外来要素が、その漢字の訓というなじみやすい日常の言葉(大和言葉)に結び付けられているために、日本語の高級語彙は、わかりやすく、覚えやすいというのです。

言ってみれば、訓読みがあるということは、「『砕=サイ』という漢字は『くだく』って意味だよ、「砕く」とも書くよ」、とか、「『食=ショク』という漢字は『たべる』って意味だよ、「食べる」とも書くよ」と折に触れて示しているようなものですよね。

このように、鈴木氏の説明によれば、「漢字の音読み・訓読み」とは、外来の抽象的概念を、日々の暮らしのなかでなじみやすい日常語に結び付ける働きをもつ仕組みだということです。

だから、日本語の場合は、特に、教養がある人とか、その分野の専門家ではない一般の人々であっても、かなり専門的な言葉が比較的かんたんに理解でき、たとえ初見でもとっつきやすいというわけなのです。高級語彙と日常の言葉にあまり断絶が生まれないんですね。日本語というのは、格差を作り出しにくい、皆に優しい言語だといえないでしょうか。

このことは、日本では、「知識人」と「一般の人々」という仕切りがほとんどなく、一般庶民の知的レベルが非常に高いということにつながってくるように思います。

ながながと書きましたが、うまく説明できたかどうかちょっと心配です…。
f(^_^;)

結局、何が言いたかったかというとですね、一つは、日本は、やはり、格差社会になっちゃいかんのじゃないかということです。以上の漢字の音読み・訓読みの仕組みに表れているように、「国のかたち」が、大きな格差ができにくいようになっているのではないかと思います。

日本は、やはり経済にしても、知的な側面にしても、一般庶民の力で保たれている国なので、多くの普通の人々が能力を磨き発揮できる社会をこれからも作っていかなければならないのだと思います。

それと、今回もう一つ指摘したかったのは、外国人が日本に対していうことって、結構、的外れなこともあるんじゃないかということです。

『ガーディアン』紙が相も変わらず書いているように、イギリス人から見れば、漢字は、ものすごく難解に見えるんでしょうね。だから、彼らの観点からは、いっそのこと、漢字を廃止してみたらどうだというような提案が出てきがちです。実際、欧米人の観点を真に受けて、漢字廃止論を唱えてきた日本人もたくさんいます。

ですが、鈴木氏の述べているように、おそらくこれは的外れです。逆に、日本語には漢字表記システムがあるからこそ、一般人と専門家との間にあまり垣根がなく、一般庶民の知的レベルが非常に高くなりやすいといえるように思います。

あまり外国目線の改革提案を真に受けずに、われわれは、自分たちの常識や生活感覚を信頼してやっていけばいいんじゃないでしょうか。日本人は、どうも最近、そういう常識や生活感覚に対する自信を失っているようです。米国などの外国から、改革が必要だ!といわれると、ホイホイ追従してしまいますし。

いつもにもまして、ながながと失礼しますた<(_ _)>



- 【施 光恒】日本人の底力 | 三橋貴明の「新」日本経済新聞 (via itokonnyaku)
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